自転車の旅日記 -159日目-

■日付/11月4日(金)
■天気/晴れ
■経路/愛知県一宮市→太垣市→滋賀県長浜市
■宿泊地/長浜城横の公園
■トータル走行距離/5165→5242キロメートル
■今日使ったお金/食事1700円+雑費500円=2200円(計約354300円)
★現在体重/77→76キロ(出発時83キロ)
■罠に掛かった全回数/15→16回(★罠とは!→予告無しに突然現れるガードレール等の袋小路や、壁・階段・段差に切り替わる恐怖の歩道等を勝手に対旅自転車用罠と呼んでいます。)
★今日のおやつ『』
■今日の写真『関ヶ原古戦場の碑』
★今日のスペシャルサンクス/道中話し掛けて下さる皆様
◇◇◇今日のコメントサンクス◇◇◇
『。。。』
◆◆◆第159話『歴史探訪の旅2』◆◆◆
すみません。墨俣城を築いた時点で、豊臣秀吉の名前は羽柴秀吉ではなく木下藤吉郎でした。昨日日記の訂正を致します。。。
今日は墨俣城→関ヶ原古戦場→姉川古戦場→長浜城と走り、歴史を探訪して行きたいと思います。
◆墨俣城→まだ豊臣秀吉が織田信長に、サルと呼ばれていた若き木下藤吉郎の頃、足軽大将に抜擢されて手柄をたてる為に、戦略的に一夜にして築いたという有名なお城です。実際には城と言っても立派な天守閣があるわけではありません、堀・塀・柵・館(やかた)等を備えた城的陣地だったと思われます。清流で有名な長良川沿いに建っています。
◆関ヶ原古戦場→石田三成を大将とした豊臣連合の西軍と、徳川家康を大将とした徳川連合の東軍が決戦し、徳川軍が勝利した場所です。豊臣軍は地形的に有利な高台にいて島左近等の働きにより優勢だったのですが、味方だった小早川軍の裏切りにあい負けてしまいました。
◆姉川古戦場→今から約437年前、琵琶湖北の辺りを支配していた浅井・朝倉連合軍と織田・徳川連合軍が姉川という滋賀県長浜市の琵琶湖に流れ込む川を挟んで戦った合戦場です。浅井・朝倉連合軍は、兵の数で1万人ほど劣勢だったにもかかわらず勝ちかけていたのですが、結局負けてしまいました。織田信長はこの勝利で一挙に天下統一の道へ近づきました。
◆長浜城→姉川の合戦の手柄により、琵琶湖北の領土をもらった木下藤吉郎→羽柴秀吉が、今から473年前に琵琶湖畔へ建てたお城です。
色々まわってみましたが、やはり実際にその場所へ行ってみないと、聞き想うものとはスケール感や感じ方が全然違います。彼等がそこで何を思い何をしてどういう気持ちで死んでいったのか、皆さんも現場に足を運ぶと、いっそう伝わってくるものがあると思います。
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